ゆりかごの歌 東京医科大学名誉教授 伊藤樹史 ライナーノーツ全文

LINER NOTES

[佳乃子さんと“音薬”の話]

 

童謡の謡とは”歌うこと、はやりうた、楽器には合わさないで歌う”と字源にある。初めは、まず親が歌い、子供達同士が遊びの中で歌い、聞いているうちに覚えた唄で、決して強いられて覚えたものではない。この段階では上手い、下手もないア・カペラの状態である。これに似た歌は世界中に存在する。そもそも音の刺激は聴覚を介して言語中枢にも波及する。

野村佳乃子さんの声には、ふと懐かしさに触れたような感じを覚える。このたび、佳乃子さんが、童謡とジャズをコラボしたCDを完成した。

長い期間、四季の節目に日比谷のスタンウェイ・ピアノ・ホールで披露してきた実績の集大成である。当時、会場から是非CDにして欲しいとのリクエストがあった。私も客席の一人として、そのことを覚えている。その期待に応えて誕生させた。

ジャズ・ボーカリストの佳乃子さんを知ったのは、銀座NO.1のライブハウス"Swing City"であった。当時、私はジャズ界のドン、尾田悟氏(前日本ジャズ協会会長、南里文夫賞受賞)と出会い、その後は演奏にも参加させられたり、追っかけていた頃であった。]

早い話が、尾田氏はジャズ・ボーカリストを好きではなく、数人を除いて、むしろ嫌いであった。その尾田氏が唯一、すごいと思った歌手は、“野村佳乃子”だ、と生前に一回だけ、私にポロリと語ったことがあった。すごい歌手がいる、”面白い声”をしている、「聞きに来い」、と命令された。その時の歌声は感性の高さと透明感そして正確さ、そしてグルービーなノリで圧倒された。

私は、それ以来、尾田氏と佳乃子さんのライブ・ストーカに変身することで、この人生の一つの生き甲斐を得たのである。

美辞麗句を並べ立てるなら只の評論家に過ぎない。とにかく一度でよいから佳乃子さんの声と過去の実力をCDやらライブで確認して欲しい。また、北原白秋先生、失礼!、ピアニストの青木弘武さんがすごい。彼の演奏するGeorge Gershwinには頭がさがる。本当は、青木さんと佳乃子さんに新しいGeorge GershwinCDを望んでいたのだ。でも童謡ジャズもオシャレでよかった。

かって、古典音楽にジャズの緊張感を与えたジャック・ルーシエ(p)、オイゲン・キケロ(p)、ボビー・マクファリン(vo.)がやったバッハ・ジャズと同じ解釈で聞き較べるのも贅沢だ。

随分前に、私は尾田氏に音楽は、音で楽しませるだけではなく、音は薬であると、・・。だから、ミュージシャンは薬師(くすし)であると。

楽しいという字は、もとは草冠のついた“薬”という字であった。その昔は“音薬”と言っていたのである。これは私の持論であるが、間違ってはいない。いつのまにか、草冠が外れ単純に音を楽しむようになった。

ヒトが誕生して初めて接する音が両親の肉声である。両親からの童謡を介した音の入力がヒトの心の発育には大切な薬なのだ。童謡を歌う佳乃子さんの声の周波数は、記憶中枢の海馬の中のニューロンが活性化し、ふと、懐かしさやら、楽しかった思い出が醸しだされる。

海馬から大脳辺縁系、大脳皮質まで刺激が伝達し、一方では視床下部から内分泌系、さらには免疫系にまで作用が及ぶ。音楽は、ヒトの自律神経系が織りなす恒常性維持の仕組みにまで作用し、身も心もリセットさせる。まさに音薬とはこのことである。佳乃子さんの声は海馬刺激療法である。心へのリセット効果は2週間は継続する。

ここで完成したCDは日本の伝統、古き童謡への新しい二人の感性の融合反応で完成した。童謡に強力なジャズのリズムが加わることで音薬の効果に拍車がかかる。童謡とジャズは、うまが合うのである。天は二物を与えないと言うが、佳乃子さんには優しさという三物まで与えた。ライブハウスで、歌う前のMCは尋常ではない。以前に、私は佳乃子さんにスタンダード・ジャズのMC集の出版を希望したことを思い出した。次回はこちらの出版を優先していただきたい。

今や、脳研究、脳科学の進歩はめざましい。まだ十分解っていないとはいえ、ヒトの心の仕組や記憶時間の仕組みにまで研究が及んでいる。過去に聴いた歌は、例え断片的であっても、記憶は動画のように回想できる。童謡の持つエネルギーは不思議である。音楽は脳内の情動系(うつ、不安感、恐怖感、不眠、嬉しさ)を刺激して心を爽やかにする。もちろん脳内麻薬系にも作用する。痛みも緩和して多幸感さえ生じ、うっとりと眠くなってしまう。佳乃子さんの声は海馬を揺さぶる!! 童謡の謡は揺さぶる意味も含まれるのだろう。草冠のない”音楽”はやはり”薬”である。

文責:伊藤樹史(東京医科大学名誉教授、日本良導絡自律神経学会会長、JAZZ研究家)

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